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文理融合複数教員による出前授業やワークショップ活動

旅のしおり「京からはじまる、まちの新しい歩き方」

プランその1:京都は文化首都になれるのか?
       〜京都はいまも日本の首都か?!〜

「日本の首都は?」というクイズには、世界中のほとんどの人が「東京」と答えるでしょう。でも「京都」という答えもあるのです! というのも、明治維新のさいに「遷都の詔」(都を遷すという天皇の正式な命令)は出ていません。首都を定める法律も日本には存在しません。これらの理由から、「京都はいまも日本の首都である」という説もみられます。はたして京都は首都を名乗るのにふさわしいまちなのでしょうか。

さらに最近、政府の地方活性化政策の一環として、京都に文化庁が移転することが決定し、準備が進められています。文化庁の仕事には、京都に数多くある文化財の保護だけでなく、芸術の振興や国際交流もふくまれます。
       
 
これを機会に、京都のまちの特徴と役割について考えてみませんか。伝統文化を受け継ぐ地というだけでなく、新しい文化・芸術を創りだすという面でも、日本、そして世界を牽引する役割を果たせるのでしょうか。まちを歩きながらじっくりと考えてみませんか。

地図で見てみよう

マークをクリックすると、クイズや耳寄り情報が出てくるよ。
<地図上の目的地にある「★◆◎」のマークの解説>
 ★:まち歩き指数…「まち歩き」のしやすさ、組みあわせやすさ
 ◆:京都影響度… 京都の歴史や文化に与えた影響度
 ◎:京洛の“うちそと”… 平安京(古代)・洛中(中世以降)
               ・田の字地区+御苑(現代)の内側か外側か

興味のあるテーマを見つけたら、 マークの数を参考にして足を運んでみよう!
目的地に着いたら、地図に書いてあるクイズや歴史をひもとく「モノ探し」に挑戦してみよう!
 

コラム:京都と古地図

京都には古い時代のさまざまな地図・絵図が残されています。とくに江戸時代以降、絵画としても鑑賞に値する大判の絵図のほか、旅先に持ってゆく冊子状の携帯地図まで発行されていました。これらを見ると、かつての京都のまちの姿を想像できるかもしれません。

2010年に発見された「京都市明細図」もその一つですが、特筆すべきはその作成目的と情報の緻密さです。火災保険の保険料を算定するために1927年(昭和2年)につくられ、1951年(昭和26年)ごろまで改訂されつづけたそうです。1,200分の1の大縮尺図で、各家の商売の種類や建物の階数まで描かれています。現在のまちのようすと比較をするのも楽しいですし、地域の方がたと地図を囲んでの会話も弾みそうです。

  
   四条河原町・四条大橋・祇園付近の様子(昭和2〜26年頃)
   「近代京都オーバーレイマップ」(立命館大学)より
   https://www.arc.ritsumei.ac.jp/archive01/theater/html/ModernKyoto/
   ※現在の地図(Google Map)と重ねて比較することができます。

なおチームGANTTは、「京都市明細図」と現代の地図とを比較して、「まちの記憶地図」をつくるワークショップを開催しています。そのようすと成果はチームGANTTのwebサイトで公開してゆきます。
→ http://gantt.jpn.org/